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テクノの歴史

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『いったいぜんたいテクノってなに?』

テクノの歴史を知りたい!

いつからあるの?

どうやって広がったの?

テクノを知るためには、生まれるまでの背景、テクノロジーの進化、

大衆音楽の普及など、沢山の要因があります。

歴史的年表からひも解いてみてください。


テクノの歴史とは、80年代後半のデトロイトテクノ以降のことを指します。

その前の流れ、つまり、エレクトロミュージック全体を展望することにもなります。ここでは、そのほんの一部を紹介していきます。あわせて、アマゾンへのリンクを貼っていきますので、あなたが興味をもったアーティストの音源が欲しいとき、またすぐに確認したいときなどは、ここから簡単に注文できるようにしています。

『テクノとは?という質問に対していえることは、シンセサイザーとサンプラードラムマシンをシーケンスで走らせるエレクトロニクスミュージックだということ』

これから"テクノ"の大まかな輪郭をあらわす。歴史を超特急で説明します。(いずれボチボチ付け足していきます)

エレクトロニックサウンドは、テクノロジーの発展とともに、進化していきます。

エレクトロニックサウンドの年表:

1950年代以前
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1906年:アメリカ人ケーヒルが、テルハーモニウムを開発
1924年:ロシア人レオテルミンがテレミンを開発
1926年:ピアノラ開発
1928年:フランス人モーリスマルトノがマルトノを開発
1929年:ハモンド・オルガン開発
1930年:ドイツ人フリードリッヒトラウトバインがトラウトニウム開発
1941年:オンディオライン開発
1948年:フランス パリ ミュージックコンクレートスタート ピエールシェフェール「鉄道による習作」、45回転7インチシングル登場
1951年:ドイツ ケルンに電子音楽スタジオ開設
1953年:ミュージックコンクレートを受けて、シュトックハウゼン「習作1 2」発表、日本では黛敏郎『X・Y・Z』発表
1950年代半ば~ハイファイシステム開発
1954年:H.F.Olson+H.BelarがRCAエレクトロニックシンセサイザー開発
1955年:NHK電子音楽スタジオスタート
1959年:エレクトーン開発
1956年:エキゾチックサウンドスタート

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1960年代
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1963年:メロトロン(磁気テープを使った再生楽器)を開発
1964年:ロバートムーグがMOOGシンセサイザーを開発
1965年:エレクトロニウム、ブックラ・シンセサイザー開発
1968年:ウォルター・カーロス、MOOGIIIを使った『スイッチト・オン・バッハ』を発売
1969年:アープ・シンセサイザー開発

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1970年代
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1970年:アープ2500開発
1970年:大阪万博にて武満徹、高橋悠治、クセナキス演奏。
1972年:アープ・オデッセイ開発
1977年:ローランドMC-8(マイクロコンポーザー)
1977年:ジャック・クラフト&ラリー・アレクサンダーがアープ2600による『1812年』を発表
1978年:プロフェット5開発
1978年:YMO『イエロー・マジック・オーケストラ』発表

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1980年代
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1980年  フェアライトCMI(デジタル・サンプラー)開発
1981年  イミュレーター開発
1981年  YMOがLMD649を使用したサンプリング・アルバム『テクノデリック』を発表
1983年  ヤマハDX-7(FM音源搭載デジタル・シンセサイザー)開発
1983年  MIDI規格スタート

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1990年代
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1992年  ウェンディ・カーロスが25周年記念アルバム『スイッチト・オン・バッハ2000』を発売
1993年  ヤマハVL-1(バーチャル・アコースティック・シンセサイザー)
1996年  ヤマハがソフトシンセサイザーを発表



70年代、エレクトリックファンクのアフリカバンバータ クラフトワークによって代表されるエレクトロニクスミュージックはテクノポップと呼ばれてました。
そして
80年代初期にシカゴのWAREHOUSEというクラブでハウスが生まれ
80年代後半にデトロイトでデトロイトテクノが生まれ、
90年代アシッドリバイバルと呼ばれるTB303というシンセをメインに使ったシーンが生まれました。
それと同時に色々な幅を広げ、レイブやパーティ文化と絡まって、トランス、ゴア、ミニマルと細分化と枝を伸ばしていきました。


【デトロイトテクノ】 80年代デトロイトの工業地帯でケビンサンダーソンホアンアトキンスデリックメイ が つまらない日々を脱出するために始めた【エレクトロニックサウンド】は、後に、ヨーロッパ、日本で大人気になったデトロイトテクノと呼ばれています。


ジェフ・ミルズ、ステイシー・パレン、カール・クレイグが本国アメリカでどれくらい人気があるのかは知りませんが、工業地帯で荒廃した面白くない町での日々を脱出するために、自分が好きなものだけにこだわって作ったサウンドは、アメリカ以外の国の人々に凄い影響を与えたのは間違いありません。


【シカゴハウス】
80年代初期のシカゴでハウスミュージックが生まれました。シカゴハウスと呼ばれる 荒削りで、単純で、ドラッギーなハウスは、93,4年頃に田中フミヤ氏や、石野卓球氏によって日本に紹介されました。カジミアのcasual recordからはDJ SNEAK、DJ RUSHなどがリリースしています。


【アシッドテクノ】 上で紹介したデトロイトテクノとシカゴハウスが合体して、TB303をメインにしたテクノ のことをさします。エイフェックス・ツイン、プラスティックマン、デイヴ・クラークなどなど。


【ミニマルミュージック】 スティーブライヒがやってたミニマルミュージックは、90年代、テクノミュージックとしてフロアをにぎわせました。レコードのどこに針を落としてもズーーーット一緒。 プチプチと延々いってたり、同じフレーズが微妙に変わりながら、延々繰り返されます。 初めて聞いたときは単純に"疑問"ですが、はまると気になってどうしようもありません。
ライヒ:ベスト

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スティーヴ・ライヒ入門
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【エレクトロ】 エレクトロミュージックで作ったファンクがエレクトロファンク。
80年代にかっちょいーって言われてたエレクトロファンクは、ピコピコいうHIPHOPやらブレイクビーツで構成されてました。90年代後半ネオエレクトロと呼ばれてるDMX クルーのサウンド・オブ・ザ・ストリート
サウンド・オブ・ザ・ストリート
のCD買った時の感想は、、『うわぁぁエアロビの音楽みたい!』


しかし、テクノって何?っていわれると、やっぱりわかりません。それは一つの流れを大きくまとめてあらわす記号ともいえることなんでしょうね。
テクノっていうといわゆるドラムマシーンの4つ打ち+シンセ+サンプラーを使って 4つ打ちのビートを刻むもの。としかいえないのが本音です。

なぜならテクノDJやテクノのミュージシャン?っていうのか、作っている人が、気ままにダブやら、ブレイクビーツ、ハウスなどを作るからです。




<~個人的回想~> 僕がイベントを始めた95年くらいは、デトロイトテクノとシカゴハウスが面白くって、アシッドテクノの ハードフロアのレスペクト とかを夢中で聴いていたんだけど周りは誰も知らなくて、イベントのフライヤーを女子高生に渡して
『テクノのイベントあるからキテネ!』っていうと、コムロテツヤ?って聞かれて、『ハ!』としつつも
『あ、いやぁ、、コムロテツヤはちがうなぁ~』
『じゃあどんなの?』
『・・・・・・・ま、きたらわかるって!間違いなくアルフィーはかからんから!かかるかもしれんけど。。。』
ていうしかないありさま。
結局、来てもらえませんでしたが、今でも説明できません。アルフィーではないとは思うんだけど。
いやもしかしたら、強引にいえばアルフィーもテクノかもしれない。(笑



はっきりとテクノを定義できる人もいるのでしょうが、
テクノってのはそれぞれ聞いてる人達が個人的に分けてるんじゃあないかなぁとおもいます。


僕のテクノの定義は、
クラフトワークが始めたエレクトロニクスミュージックの流れの中で、
『ノイズとサイケデリックミュージックが合体したものがテクノ』

アフリカカバンバータが始めた流れの中で
『ブラックミュージックとエレクトロニクス機材の合体』がハウス
です。

いかがでしょうか?つづきます。

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兵庫県在住:
サルフレックスの曲(タナカ・フミヤ・プレゼンツ~アイ・アム・ノット・ア・DJ タナカ・フミヤ・プレゼンツ~アイ・アム・ノット・ア・DJの最後の曲)を聞いてぶったまげ。
テクノ聞き始め早13、DJ初めて早12年。未だに飽きないテクノ道、これからも聞き続けますー。

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このページは、rospが2008年2月14日 23:58に書いたブログ記事です。

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